強引なFさん、ありがとう

 今日は、小学校の5−6年(昭和43〜45年)の担任の先生の葬儀に参列してきました。

卒業後、長期にわたって不義理を続けていたのですが、(多分Fさんの強引な誘いによって?) 7年ほど前にクラスの同窓会をすることになりました。あれは、梅田のイタリアンだったかな。その後、先生が入院されているとFさんから聞き、何度かお見舞いに行く事ができました。
最初の病院は、かつて勤めたことのあるN市のK病院。危篤だとの情報で、むせ返るような湿度の高いし病室に大勢で見舞いに行きました。意識レベルも低く、駆けつけたクラスのメンバーも、もうこれが最後か・・・・と何度か思った筈です。ただ、そこから奇跡的な回復力を示されました。その後、開放的でクリーンな雰囲気のH市のD病院へ移られ、そこでは何度も、先生のお元気そうなお顔を拝見することができました。喜寿のお祝いもしました。ただ、全て、強引なFさんがプロデューサー&ディレクターです。彼女が居なければ、これほど大勢が何度もお見舞に行かなかったでしょうし、行っても、黙ってつっ立って、5分も経てば帰ってきたはずですが、そこは場を盛り上げるプロと言うべきか、先生も含め、見舞いの我々全員に話す機会、手を握る機会をたっぷりと与えていただきました。このD病院では異例の患者さんだったかもしれません・・・・
ただ、徐々に先生の体力も衰えてゆき、遂に、9月3日に天国に召されました。葬儀会場には、我々のクラスの供花がありましたが、教え子の供花はこれだけでした。先生に対する思い、スタンスは皆微妙に違うでしょうが、子供に恵まれなかった恩師の最後の数年間に、ほんのひと時でも楽しい時間を共有できて、僅かでも恩返しができたとすれば、全て、この強引なFさんのお陰です。先生、教え子の中に、強引な人が一人いて良かったですね。

おまけ:立派に医師となった??私の、40年近く前の『腹減った、飯食わせ』連呼を覚えていてくださり、光栄の至りでした。天国に行かれたら、足の不自由さから解放されて、動き回ってくださいね。合掌